47歳で急逝…高円宮憲仁親王の真相とは?Aed普及とサッカー界を救った偉大な功績
高円宮憲仁親王の急逝が突きつけた最も重い課題、それは「突然の心室細動に対して、その場で何ができたのか」という現場の初動対応でした。心室細動を発症した場合、唯一の有効な治療法は心臓に電気ショックを与えて痙攣を止める「除細動」です。除細動が1分遅れるごとに救命率は約7〜10%低下し、救急車が到着するまでの平均時間(当時は約6分)が経過した時点で、生存率は半減以下に落ち込みます。
しかし、2002年当時の日本において、AED(自動体外式除細動器)の使用は「医師」および一部の専門資格を持つ「救急救命士」にしか法的に認められていませんでした。カナダ大使館の現場に医療従事者が常駐しているはずもなく、救急隊が到着して病院に搬送されるまでの空白の時間が、致命的な結果を招いたのです。
「もし現場にAEDがあり、居合わせた一般人が即座に使えていたなら、殿下の命は助かったのではないか」――。医療現場や報道機関から沸き起こったこの悲痛な叫びは、硬直化していた厚生労働省の審議会を強力に動かしました。親王の急逝からわずか1年半余り後の2004年7月、厚生労働省は一般市民によるAEDの使用を正式に認める通達を発出しました。
殿下の急逝から生まれたこの教訓は、妻である久子さまへと受け継がれました。久子さまは一般財団法人「日本AED財団」の名誉総裁に就任され、小中学校での心肺蘇生教育の必修化や、スポーツ現場へのAED配備を訴え続けています。親王が身をもって残した警鐘は、年間数千人規模の命を救う現代の基盤となっているのです。