【衝撃】山一抗争はなぜ起きた?四代目暗殺の真相と全死者数を徹底解説

【衝撃】山一抗争はなぜ起きた?四代目暗殺の真相と全死者数を徹底解説について分かりやすく解説いたします。最新の情報をチェックしてください。

分裂直後は冷戦状態が続いていたものの、一和会側の劣勢と切り崩し工作に対する焦りが、昭和の裏社会史に刻まれる最悪のテロリズムを引き起こします。1985年1月26日、大阪府吹田市のマンション「GSハイム江坂」のエレベーター前で、四代目山口組・竹中正久組長襲撃事件が発生しました。

愛人宅を訪れていた竹中組長をはじめ、同行していた若頭・中山勝正(豪友会会長)、南組組長・南力らが、待ち伏せていた一和会傘下「後藤組」の暗殺部隊に急襲され、自動拳銃や改造猟銃による集中砲火を浴びたのです。中山若頭は即死、南組長も翌日死亡、そして竹中組長本人も翌1月27日に病院で息を引き取りました。

組の最高首脳陣が一挙に射殺されるという未曾有の事態を受け、山口組側は直ちに全直参組織に非常招集をかけ、徹底的な報復命令を下しました。この事件を境に、水面下のつばぜり合いは白昼堂々の全国的武力抗争へと完全にシフトすることになります。

関連記事