2026年到来の「丙午」とは?60年周期の迷信と出生率への影響を徹底解剖
日本における丙午の歴史を語るうえで、避けて通れないのが1966年(昭和41年)の出生率激減事件です。この年、日本国内で生まれた子どもの数は約136万人にとどまり、前年の約182万人から実に約46万人(約25%)も減少しました。当時の合計特殊出生率は1.58まで落ち込み、この記録は1989年の「1.57ショック」まで破られませんでした。
当時の新聞や週刊誌は、この現象を社会問題として大々的に報道しました。高度経済成長期のまっただ中にあり、科学技術や生活水準が飛躍的に向上していた昭和40年代であっても、根深い迷信が多くの家庭の家族計画を大きく左右したのです。
実際には妊娠を先送りしたり人工妊娠中絶を選択したりするケースが急増したほか、生まれた子どもの出生届の提出時期を意図的に前年(1965年・乙巳)や翌年(1967年・丁未)にずらす動きまで見られました。この年に生まれた世代は「丙午世代」と呼ばれ、小中学校や高校、大学受験において同級生が極端に少ないという特異な環境を経験することになりました。