国宝『雪松図屏風』の作者は誰?円山応挙が仕掛けた超絶技巧の真実
名画の魅力を紐解く前に、まずは基本情報として雪松図屏風の読み方を押さえておきましょう。本作は「ゆきまつずびょうぶ」と読みます。六曲一双(ろっきょくいっそう)からなる雄大な画面に、雪を戴いた松の姿が見事に描き出された国宝雪松図屏風の筆を執った人物こそ、円山応挙その人です。
応挙の生い立ちを振り返ると、丹波国(現在の京都府亀岡市)の農家に生まれ、京に出て狩野派の画法を学びました。当時の絵画界は手本を模写する古典主義が主流でしたが、応挙は眼鏡絵(覗き眼鏡を通して立体的に見せる風景画)の制作を通じて西洋の遠近法や明暗法を吸収。徹底して自然を観察しスケッチを重ねる写生画の開祖として、独自の道を切り拓きました。
応挙は単なる技巧派にとどまらず、伝統的な装飾美と迫真のリアリズムを融合させることで、京都中の町衆から大名、宮門跡までを熱狂させました。数ある円山応挙の代表作の中でも、本作は彼の円熟期にあたる天明期(1780年代)に描かれた記念碑的な名作です。