Deen『このまま君だけを奪い去りたい』誕生秘話と2026年の歌唱力
『このまま君だけを奪い去りたい』をカラオケ等で歌った経験がある方なら誰もが痛感するように、この楽曲の原曲キーは男性ボーカル曲として極めて過酷な難度を誇ります。サビでの頻出音はmid2GからhiAに達し、しかもそれを力強いベルティングではなく、息の混じった繊細なミックスボイスでコントロールし続けなければなりません。
90年代中盤から後半にかけての過密なツアースケジュールやテレビ出演により、池森秀一の喉には多大な負荷がかかりました。2000年代以降、長年の酷使による声帯の変調やポリープとの闘いなどを公の場や自著でも赤裸々に語っています。一時期は高音域の発声に苦悶し、ライブでのキーの調整や歌唱法の模索を余儀なくされた時期もありました。インターネット上の一部では「声が出なくなった」という心ない言説が飛び交ったことも事実です。
しかし、そこからの池森のアーティストとしての執念と自己改革こそが、現代のDEENを支えています。発声のメカニズムを基礎から見直し、喉に過度な負担をかけない「脱力」を意識したチェストボイスからファルセットへの滑らかな移行技術を再構築しました。
2026年現在、デビュー33周年を迎えるDEENのステージにおいて、池森はかつての「張り上げるような直線的なハイトーン」とは一線を画す、豊かな倍音と温かみを湛えた「大人の円熟ボーカル」を確立しています。楽曲の持つエモーショナルな陰影を、技巧的なウィスパーボイスと豊かな表現力で紡ぐ現在のパフォーマンスは、現場の古参ファンのみならず、近年シティポップや90年代再評価の文脈でDEENに触れたZ世代のリスナーからも絶賛を浴びています。老いを受け入れ、それを表現力の深みへと昇華させた姿は、ベテランボーカリストの理想的な進化形と言えます。