東北ニュージーランド村はなぜ消えた?熱狂と倒産の全貌に迫る
このブームを背後で主導していたのが、実業家の久保敏幸氏率いる「株式会社ファーム」だ。同社は愛媛県で開設した「四国ニュージーランド村」を皮切りに、全国で類似のテーマパーク事業を次々と立ち上げていった。
その全国進出戦略のフラッグシップとなったのが、岩手県奥州市(当時は衣川村)に誕生した東北ニュージーランド村である。広大な敷地を確保し、ニュージーランドから輸入したシープドッグのショーや草そりゲレンデなどを展開。最盛期には観光バスが列をなし、観光レジャー産業の成功モデルとして脚光を浴びた。久保敏幸氏の手腕によって株式会社ファームは一気に拡大し、全国各地の自治体から誘致が相次ぐこととなった。