尖閣諸島にかつて200人の住民がいた?鰹節工場と無人島化の真実
現在でこそ一般人の立ち入りが厳しく制限されている尖閣諸島ですが、1900年代初頭の魚釣島には、活気ある集落が形成されていました。記録に残る最盛期の人口は30戸・248人に達しており、男性だけでなく女性や子どもも島で生活を送っていました。
当時の集落には、木造長屋の社宅や寄宿舎、干場、さらには急患に対応するための医務室やテニスコートまで整備されていました。荒波に囲まれた絶海の孤島でありながら、生活インフラを独自に整え、自給自足と外部との定期船輸送を組み合わせた本格的な社会が営まれていたのです。