高島雄平の現在と判決の真相|元校長が起こした前代未聞事件の今
教育者としてのエリート街道を歩んでいたはずの男が、なぜこれほどまでに異常な性的逸脱へと足を踏み入れたのか。その発端は、1988年に文部省(当時)の派遣事業によりフィリピン・マニラの日本人学校へ赴任したことにありました。
高島は大学卒業後、横浜市立中学校の社会科教員として着実にキャリアを積み重ね、同僚や保護者からも「温厚で面倒見が良い熱心な先生」として高い評価を得ていました。しかし、現地フィリピンでの生活で現地の貧困層をターゲットにした買春の実態を知ると、その倫理観は根底から崩壊していきます。日本と東南アジアの物価差や為替レートを背景に、わずかな金銭で女性を支配できる環境に完全に魅了されたのです。
日本へ帰国した後も、年に3回前後のペースでフィリピン渡航を継続。教頭、そして中学校長へと昇進を重ねる傍ら、長期休暇のたびに現地へ赴き、買春行為を重ねていました。警察の捜査資料によると、渡航回数は通算65回に及び、相手とした女性は延べ12,660人。そのうち約10%にあたる1,200人以上が18歳未満の少女であったと供述しています。校長としての厳格な仮面と、現地での奔放な買春生活という極端な二重生活が、実に四半世紀以上にわたって維持されていたのです。