宮沢りえ『サンタフェ』なぜ18歳で脱いだ?150万部伝説の衝撃真相
宮沢りえの写真集『Santa Fe』が世に出た1991年秋、日本はバブル崩壊の入り口に立ちながらも、熱狂の余韻の中にありました。三井のリハウスの初代リハウスガールとして鮮烈なデビューを飾り、トップアイドルとして頂点を極めていた彼女が突如として発表したヘアヌード写真集は、芸能ニュースの枠を完全に飛び越え、一般紙の社会面や論壇誌でも連日議論される事態へと発展しました。
出版元となったのは、本来は語学書や思想書を主力を扱っていた老舗の朝日出版社でした。定価4,500円という当時の写真集としては高額な設定であったにもかかわらず、初版の数十万部は瞬く間に完売。取次や書店には注文の電話が殺到し、トラックで運ばれた本が店頭に並ぶそばから消えていくという、出版史上でも稀に見る光景が全国で繰り広げられました。
宮沢りえ本人は当時、大ヒットの狂騒をリアルタイムで把握していませんでした。後に回想されたインタビューによると、過密な海外スケジュールを終えて成田空港へ帰国した際、待ち受けていた無数の報道陣と無数のフラッシュを浴びて初めて「自分がどれほど大変なことを起こしてしまったのか」を肌で実感したと語っています。累計発行部数150万部という数字は、日本国内における芸能人写真集の最高記録であり、2026年現在に至るまで誰一人として破ることができていません。アジア圏でも広く話題を呼び、台湾や香港など東南アジア各地で粗悪な海賊版が大量に出回るほどの国際的余波を生み出しました。