「和を以て貴しとなす」の真実。聖徳太子の教えが変える現代組織論
憲法が制定された7世紀初頭、日本を取り巻く環境は極めて緊迫していた。東アジアでは大陸の大国・隋が勢力を拡大し、国内では有力豪族による激しい権力闘争が続いていた。こうした国家の存亡の危機において政権を率いたのが、日本初の女性天皇である推古天皇と、彼女を支えた飛鳥朝廷の首脳陣である。
当時の大和政権は、血縁や氏族の利害で分断されていた。豪族同士の血生臭い抗争を終わらせ、中央集権国家としての体裁を整えるためには、氏族の利害を超えた倫理的規範が必要不可欠だった。憲法は単なる理想論ではなく、内乱を防ぎ外圧に立ち向かうための極めて切実な政治的リアリズムから誕生したのである。