なぜ1001体も?蓮華王院三十三間堂の歴史・見どころと最新拝観ガイド
三十三間堂のもう一つの顔が、毎年1月中旬(成人の日の前日など)に開催される「三十三間堂 通し矢(大的全国大会)」です。全国から新成人や弓道高段者が集い、色鮮やかな振袖袴姿で約60メートル先の的を射る姿は、新春の京都を彩る名物として広く報道されます。
この行事の起源は安土桃山時代から江戸時代にさかのぼります。本堂西側の長い軒下(約120メートル)を射通す「堂射(どうしゃ)」が行われ、一昼夜(24時間)で何本の矢を射通せるかを競う極限の武芸競技として武士たちの間で過熱しました。江戸前期には紀州藩の吉見順正や尾張藩の星野勘左衛門、紀州藩の和佐大八郎らが記録更新に挑み、最高記録では1万本以上の矢を放って8000本以上を射通したという伝説が残されています。
現在でも本堂外廊下の柱や梁を見上げると、当時の武士たちが放った矢が突き刺さった痕跡(矢傷)を肉眼で確認することができます。静穏な祈りの場である堂内と、武士の意地と誇りがぶつかり合った軒下という、二面性を持つ歴史の深さも三十三間堂の大きな魅力です。