いずれ菖蒲か杜若|知らないと恥ずかしい!驚きの由来と花の見分け方
いずれ菖蒲か杜若|知らないと恥ずかしい!驚きの由来と花の見分け方の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。
この名句が生まれた背景には、鎌倉幕府成立前夜の動乱期を生き抜いた武将・源頼政(みなもとのよりまさ)の劇的なエピソードが存在します。『平家物語』巻第四「鵺」に記録されたこの物語は、単なる武勇伝にとどまらない知略の物語です。
平安時代末期、近衛天皇(異説では鳥羽法皇)が夜な夜な不気味な鳴き声と黒煙に怯え、病に伏せる事態が発生しました。弓の名手として知られた源頼政は勅命を受け、深夜の御所に潜入。見事に怪獣「鵺(ぬえ)」を射落とし、都の危機を救います。武功を称えた帝は、褒美として宮中一の美女と謳われた女房「菖蒲前(あやめのまえ)」を下賜することを約束しました。
しかし、話はすんなりと終わりません。帝自身も菖蒲前に深く執心していたため、頼政に易々と手渡すことを惜しみ、一計を案じます。菖蒲前とまったく同じ容姿、同じ装束をまとわせた美女12人をずらりと御簾の前に並べ、頼政に対して「真の菖蒲前を自力で見つけ出し、連れて帰るがよい。見誤った場合は下賜を取り消す」という極めて過酷な試練を課したのです。
わずかな違いも見分けがつかない中、もし間違えれば武士としての面目は丸潰れとなり、宮中の失笑を買う局面。そこで頼政は狼狽することなく、静かに次の一首を詠み上げました。
「五月雨に 沼の石垣 水こめて いづれ菖蒲と 引きぞわづらふ」(降り続く五月雨によって沼の石垣まで水が満ちあふれ、どれがアヤメかカキツバタか見分けがつかず、引き抜くのをためらってしまうように、どなたも美しく見分けがつきません)
「沼の水辺」という情景を引き合いに出しながら、目の前の美女たちを立て、自身の迷いを雅やかに表現したこの和歌に、帝は深く感服。「頼政は武勇のみならず、歌道の心も極めている」と賞賛し、無事に菖蒲前を頼政に引き渡したと伝えられています。これが「いずれ菖蒲か杜若」の語源となった決定的な瞬間です。