三億円事件のお金の行方は?奪われた紙幣が使われなかった真相と現在
事件が起きたのは、1968年12月10日午前9時20分頃のことでした。日本信託銀行国分寺支店(現・三菱UFJ信託銀行)を出発したセドリックの現金輸送車は、東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へと向かっていました。車内のジュラルミン製トランク3個には、工場従業員4,523人分の冬のボーナスがぎっしりと詰め込まれていました。
現場となったのは、府中刑務所の北側に沿って伸びる通称「学園通り」と呼ばれる見通しの良い直線道路です。突如、後方から追尾してきた1台の白バイが輸送車を追い越し、前方を塞ぐ形で停車を命じました。降り立った白バイ警官姿の若い男は、切迫した表情で「巣鴨の支店長宅が爆破された。この車にもダイナマイトが仕掛けられているという情報が入った」と告げました。
数日前から同行支店長宛てに脅迫状が届いていたため、輸送車に同乗していた4名の行員は動揺し、男の指示に従って車外へと退避します。男は車体底下に潜り込み、次の瞬間、激しい白煙が立ち上りました。男が「爆発するぞ!早く逃げろ!」と叫んだため、行員たちは咄嗟に身を伏せました。しかし、それはダイナマイトではなく、偽装工作に使われた「発炎筒」でした。男は狼狽する行員たちを尻目に、運転席へ滑り込むとセドリックを急発進させ、雨煙の彼方へと消え去ったのです。
犯人が現場に残した白バイ偽装のヤマハ製オートバイ(白く塗装された市販車)、警察官の制帽、メガホンなど、遺留品は実に120点以上に及びました。しかし、それらの大半は全国に流通する大量生産品であり、捜査本部の初動捜査は決定的な証拠を掴めないまま空転を重ねることになりました。