前田敦子の昔と現在の変化を徹底解剖!Akb不動のセンターの軌跡と真実
前田敦子さんが芸能界の門を叩いたのは2005年10月、オープニングメンバーオーディション(応募総数7,924名、合格者24名)に合格した中学2年生(当時14歳)の時でした。秋葉原のAKB48劇場での初日公演の観客はわずか7人。当時の彼女は、化粧っ気のない黒髪ストレートに素朴な表情を浮かべる、どこにでもいるような普通の少女でした。
当時のプロデューサーである秋元康氏は、彼女をセンターに抜擢した理由として「どこか自信なさげで、背中に哀愁を背負っていた」「感情をむき出しにしない不器用さが、観る者の応援したい気持ちを掻き立てた」と各種ドキュメンタリーやインタビューで述懐しています。華やかなダンスや完璧な笑顔を振りまくタイプではなかったからこそ、彼女の成長ストーリーそのものがグループの歩みと重なり合っていきました。
デビュー初期のシングル『会いたかった』(2006年)や『制服が邪魔をする』(2007年)の頃は、思春期特有のふっくらとした頬の丸みやすっぴんに近いナチュラルな透明感が際立っていました。その後、グループの人気が社会現象化する2009〜2011年にかけて、前田敦子さんの表情には圧倒的なオーラと自信が宿るようになり、映画やドラマの主演を務める中で「少女から大人の女性への洗練」が一気に加速していきました。