なぜ背番号42は特別なのか?Mlb永久欠番と日本プロ野球の真実
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日本プロ野球において背番号42のイメージを「不吉な番号」から「頼れる主砲・勝負師の番号」へと劇的に塗り替えたのは、間違いなくグラウンドで躍動した名選手たちの圧倒的な実績でした。
その筆頭格が、外国人選手として史上初めてNPB通算2000安打を達成し、日本の野球殿堂入りを果たしたアレックス・ラミレスです。ヤクルトスワローズへの入団時から背番号42を背負い、読売ジャイアンツ、横浜DeNAベイスターズへ移籍しても一貫して42番を選び続けました。「アイーン」などの陽気なパフォーマンスとともに本塁打王や打点王を次々と獲得したラミレスの存在によって、日本のファンにとって背番号42は親しみと驚異を兼ね備えたスーパースターの象徴となったのです。
さらに中日ドラゴンズや横浜DeNAで本塁打王と打点王を獲得した巨漢スラッガーのトニ・ブランコ、中日で勝負強い打撃を披露したエクトル・ルナなど、チームの勝敗を決定づける中軸打者が42番を着けて大暴れしました。
一方で、日本人選手としてこの番号の固定観念を打破した象徴的な存在が、阪神タイガースなどで活躍した左腕投手の下柳剛です。日本ハムから阪神へ移籍した際に背番号42を提示された下柳は、「死に番」など意に介さず快諾。2005年には37歳にして15勝を挙げ最多勝のタイトルを獲得し、阪神のリーグ優勝にエース級の活躍で大きく貢献しました。気迫あふれるピッチングで打者をねじ伏せる下柳の姿は、「日本人投手でも42番で大成功できる」という事実を球界全体に証明してみせました。