甲骨文字の真相|漢字の起源はなぜ「亀の甲羅」だったのか?驚愕の大発見を徹底解説
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甲骨文字の発見は、考古学史上でも屈指の劇的な偶然から始まりました。舞台は清朝末期の1899年、北京。金石学者であり国子監祭酒(最高学府の長)を務めていた王懿栄(おう・いえい)は、マラリアを患った際、処方された生薬の中に「竜骨(古代哺乳類の化石骨)」が含まれていることに気づきます。
薬効を高めるために砕かれる直前だったその骨の表面に、かすかに刻まれていたのは、青銅器の銘文(金文)よりも明らかに古く、洗練された規則性を持つ未知の記号でした。王懿栄は直感的にこれが古代の失われた文字であると見抜き、北京中の薬種商から竜骨を買い集めて調査を開始しました。
王懿栄の没後、友人であった小説家・学者の劉鶚(りゅう・がく)が研究を引き継ぎ、1903年に世界初の甲骨文字図録『鉄雲蔵亀』を出版。文字の出所が河南省安陽市郊外の小屯村(殷墟遺跡)であることが突き止められました。
1928年からは中央研究院による本格的な科学的発掘調査がスタートし、宮殿跡や王墓とともに10万片を超える甲骨片が出土。それまで神話や伝説の域を出ないと見なされていた『史記』記載の「殷王朝」が、実在した高度な古代国家であった事実が世界に向けて証明されたのです。