【驚きの真相】「渡邉」のルーツはどこ?渡辺綱の伝説と漢字の謎を徹底解説
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渡辺綱の名を不朽のものとしたのが、平安中期の武将・源頼光に仕えた「頼光四天王」の筆頭としての活躍です。なかでも後世の軍記物語や能、歌舞伎で広く親しまれているのが、京の一条戻橋や羅生門で鬼の腕を名刀「髭切(ひげきり)」で切り落とし、さらに丹波国大江山で酒呑童子を討伐したとされる渡辺綱の鬼退治伝説です。
この伝説に由来する極めて特徴的な民俗習慣が、今なお全国の渡辺・渡邉家に残っています。鬼が渡辺綱の剛勇を恐れてその子孫の館には決して近寄らないと伝えられていることから、「渡辺・渡邉の家では節分に豆まきをする必要がない」、あるいは「『鬼は外』と言わず『福は内』だけを唱える」という風習が各地に継承されています。民間伝承の調査によると、福島県や新潟県、山梨県などの古い集落に構える渡邉家の旧家では、現在でも節分の豆まきを行わない家庭が少なからず見られます。
また、一族のアイデンティティを象徴するのが「渡辺星家紋(わたなべぼし)」です。三つの星(オリオン座の三ツ星)の下に漢数字の「一」を配した「三つ星に一つ引き」のデザインで知られます。夜空に輝く三ツ星は古代から戦の勝利を司る軍神(大将軍星・左右将軍星)と見なされており、水軍として星を頼りに航海した渡辺党の職能と武勇の象徴でした。この家紋はのちに中国地方の覇者となった毛利元就の毛利家紋などにも受け継がれ、武家の格式を示す意匠として定着していきました。