今宵の月のように|25年愛され続ける歌詞の真相と誕生秘話を徹底解剖
ネット上の掲示板や古いロックファンの言説において、時に「『今宵の月のように』は商業的成功を狙ってバンドの過激さを捨てた妥協作ではないか」という議論がなされることがあります。初期の攻撃的でアヴァンギャルドなエレカシを知る層から見れば、テレビドラマの意向を汲んだポップなメロディが「迎合」と映った時期があったのは事実です。
しかし、これは明確な誤解です。宮本浩次自身が当時のメディア取材で繰り返し語っているように、この楽曲は「大衆の中に自分の音楽を響かせる」という最も過酷な挑戦でした。売れるためのフォーマットをなぞったのではなく、己の文学的語彙とメロディセンスを、日本の歌謡曲の歴史と真っ向からぶつけた結果生まれたものです。
歌詞の一節「ポケットに手を突っ込んで歩く」という所作に表れる通り、宮本が描いたのは迎合した大人の姿ではなく、世間に抗いながらも自分の足で立とうとする青年のリアルな肖像でした。迎合どころか、商業の真ん中でバンドの純度を極限まで研ぎ澄ましたからこそ、一過性の流行歌で終わらず、四半世紀を超えて愛されるクラシックとなったのです。