紫苑の花言葉が怖いと言われる真相|鬼の醜草の逸話を徹底解説
紫苑の花言葉と「鬼」の結びつきを紐解く上で欠かせないのが、平安時代末期に成立した説話集『今昔物語集』(巻第三十一 第十七話)に収められた兄弟の逸話です。
物語では、父を亡くした二人の兄弟が登場します。兄弟は当初、毎日父の墓参りをして悲しみに暮れていましたが、やがて月日が流れるにつれ、仕事や生活に追われるようになります。兄は「いつまでも悲しんでいては生活が立ち行かない。父の死を忘れよう」と考え、墓の傍らに見ると物事を忘れさせる力を持つとされる萱草(かんぞう=忘れ草)を植え、やがて墓参りをやめてしまいました。
一方、心優しい弟は「父の恩を忘れることなど到底できない」と考え、墓の傍らに見ると物事を思い出すとされる紫苑(しおん=思い草)を植え、雨の日も風の日も毎日欠かさず墓前に通い続けました。
ある日、墓の中から恐ろしい姿をした「鬼」が現れます。鬼は弟の類まれなる孝行心と、何年経っても薄れない父への追憶の深さに深く感銘を受けました。鬼は弟に対し「お前の孝行心に報いるため、未来に起きる吉凶を夢で予知できる能力を授けよう」と告げます。予知能力を得た弟は災難を逃れ、やがて大きな富と幸福を手に入れたという結末です。
この物語において、鬼が紫苑を称えて呼んだ名が「鬼の醜草(※古語の『醜(しこ)』は強い・頑健という意味合いも含む)」であり、これが紫苑の別名の語源となりました。一見すると美談ですが、「死者の墓に通い続ける弟」「墓場から出現する鬼」「超自然的な予知能力の授与」といったオカルト的モチーフが、後世に「紫苑=死霊や鬼を呼び寄せる怖い花」という歪曲されたイメージを残す要因となったのです。