見ざる聞かざる言わざるの真相|4匹目の猿の正体と歴史的教訓を徹底解説
三猿のモチーフは日本独自のものと思われがちですが、見ざる聞かざる言わざるの元ネタと真相は遠く古代中国にまで遡ります。思想的な直接の起源は、孔子の言行録である『論語』顔淵篇に記された「四非(しひ)」の教えです。
『論語』には「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動(礼に非ざれば視るなかれ、礼に非ざれば聴くなかれ、礼に非ざれば言うなかれ、礼に非ざれば動くなかれ)」という一節があります。礼節に反するものは見ない・聞かない・言わない・行わないという倫理観が、仏教伝来とともにシルクロードを経由して日本へ伝わりました。
この古代中国の哲学が、日本において道教由来の庚申信仰(こうしんしんこう)と融合しました。庚申信仰では、人間の体内にいる「三尸の虫(さんしのむし)」が庚申の夜に天帝へ人間の悪行を告げ口しに行くと信じられていました。その告げ口を防ぐため、神の使いである「猿(申)」と「〜ざる(否定)」を掛け合わせ、魔除けのシンボルとして三猿が祀られるようになったのが日光東照宮の三猿の由来に繋がっています。