目黒雅叙園の経営者は現在誰?創業者の歴史から外資系売却の真相まで
戦後、高度経済成長期を迎えると、目黒雅叙園は日本初の「総合結婚式場」へと業態を転換。挙式、披露宴、衣装、写真撮影、会食をワンストップで提供する革新的なモデルで莫大な利益を叩き出し、全国のブライダル産業の原型を築きました。当時は細川家の同族経営が敷かれ、長年盤石の経営基盤を誇っていました。
しかし、1980年代後半のバブル経済期に下した重大な経営判断が、創業家の運命を狂わせます。老朽化した木造建築の大規模改修と敷地の高度利用を目的として、オフィスビル「アルコタワー」や新ホテル棟を建設する総額1,000億円規模の大再開発プロジェクトに踏み切ったのです。
この過剰投資は、バブル崩壊とともに致命傷となりました。オフィス賃料の急落、婚礼単価の下落、そして金利負担が重くのしかかり、メインバンクをはじめとする金融機関からの借入金は雪だるま式に膨張。2002年8月、当時の運営会社である目黒雅叙園は、負債総額約800億円を抱えて東京地裁へ民事再生法の適用を申請しました。事実上の経営破綻であり、細川力蔵の創業から70年余り続いた創業家による同族支配は、ここに完全な終焉を迎えました。