日本に生息しない虎をどう描いた?応挙や若冲が遺した名画の真相
日本列島に生息していなかった虎を、昔の絵師たちがリアルに描けた最大の要因は、大陸から輸入されていた「虎の毛皮」と中国・朝鮮半島からもたらされた「舶載画(絵手本)」の存在です。室町時代から江戸時代にかけて、虎の毛皮は武家社会における最高級の贈答品や敷物として輸入されていました。
絵師たちは骨格が抜かれた平らな毛皮を床に広げ、毛の流れや縞模様の密度を熱心にスケッチしました。江戸幕府の御用絵師を務めた狩野探幽の虎図(南禅寺や二条城の障壁画など)を見ても、堂々たる威厳を備えつつ、どこか平面的で様式化された美しさが際立っています。これは、実物を見られない制約の中で、絵手本と毛皮の情報を完璧に統合して生まれた狩野派ならではの表現形式でした。