織田信長の身長は本当に166Cm?残された甲冑と記録から判明した驚愕の真相
結論から言えば、現在歴史学や武具研究の現場で最も有力視されている織田信長の身長は、約166cm〜170cm(当時の単位で5尺5寸〜5尺6寸程度)です。現代の日本人男性の視点で見ると一見「普通、あるいはやや小柄」に映るかもしれませんが、この数字を額面通りに受け取ってはいけません。
考古学および形質人類学の発掘調査によると、戦国時代における日本人成人男性の平均身長は約157cm〜159cm。信長は同世代の一般的な男性よりも頭一つ分(約8〜10cm以上)高かった計算になります。これを令和の現代男性(平均身長約171cm〜172cm)のスケール感へと置き換える「織田信長 身長 現代換算」を行うと、実に180cm〜183cm前後の長身に相当する堂々たるサイズ感です。
この数値を裏付ける最大の物的証拠が、各地に現存する信長所用と伝わる甲冑の寸法です。愛知県の建勲神社や徳川美術館などに伝来する当世具足や胴丸の「胴高(胴の長さ)」や「草摺(くさずり)」、さらには脛当(すねあて)のプロポーションを綿密に割り出すと、着用者の身長は165cmを下回ることはまず考えにくく、166cmから168cmの骨格に美しくフィットするよう仕立てられていることが判明しています。
さらに、決定的な客観証拠として挙げられるのが、永禄12年(1569年)に岐阜城で信長と謁見したイエズス会宣教師、ルイス・フロイスの記録です。フロイスはその著書『日本史』において、信長の外見を以下のように極めて克明に書き残しています。
「彼は中背より高く、痩せていて、髭は少なく、声は極めて明瞭で、武芸を好み、粗野である……」
ヨーロッパ各地の王侯貴族や体格の良い軍人を見慣れていたはずのフロイスが、日本人である信長に対してわざわざ「中背より高く(長身であり)」と特筆している点は極めて重い意味を持ちます。主観的な軍記物の賛辞ではなく、冷徹な観察眼を持つ異邦人の報告書が、信長の大柄説を揺るぎない事実として裏付けているのです。