なぜ地面を掘った?平安まで続いた竪穴式の真相と夏涼しく冬暖かい理由
そもそも、石器や木製の掘削具しかなかった時代に、大人が何人も入れる深さ50センチから1メートル前後の穴を掘るのは決して容易な作業ではありません。それでも彼らが地面を掘り下げた背景には、過酷な自然環境から命を守る科学的な必然性がありました。
竪穴式住居が縄文時代に普及した理由の根底にあるのは、氷河期が終わり温暖化が進んだことによる「定住生活への移行」です。移動生活から一箇所に腰を据えて暮らすライフスタイルへ変化した際、最も深刻な脅威となったのが冬の厳しい寒風でした。地上に柱を立てて簡易な壁を張るだけでは、隙間風によって室温が外気温と同じまで低下してしまいます。
そこで先人たちが目をつけたのが、地中熱(アースサーマル)の特性です。深さ数十センチ以上の土中は、外気温の急激な変化を受けにくく、年間を通じて15℃前後の安定した温度を保ちます。地面を掘り下げて壁面を土で囲むことで、強烈な北風を遮断し、天然の断熱材として地熱を最大限に室内に取り込む構造を完成させました。これが、竪穴式住居の冬暖かく夏涼しい理由の物理的根拠です。
さらに見逃せないのが、竪穴式住居の寒さ対策と煙の仕組みです。住居の中央には「炉(ろ)」が設けられ、火が焚かれていました。煙が充満して息苦しくなるのではないかと考えられがちですが、屋根の妻側(三角形状の開口部)や屋根頂部に設けられた排煙口と、茅葺きの微細な隙間から煙が抜けるように緻密に設計されていました。上昇気流によって煙の層は目線より上部に滞留し、床面近くの空気は澄んだ状態に保たれます。また、立ち上る煙に含まれるススやタールが茅葺き屋根を燻蒸(くんじょう)することで、防虫・防腐効果を発揮し、屋根材の防水性能を飛躍的に高めていたのです。