なぜ沈められた?米軍が恐れた潜水空母「伊400」の真相と海底700Mの現在
なぜ沈められた?米軍が恐れた潜水空母「伊400」の真相と海底700Mの現在の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
1945年8月28日、三陸沖で米海軍駆逐艦に拿捕された伊400を目撃した米兵たちは、自国の主力潜水艦の2倍近くに達するその威容に言葉を失ったと記録されています。米海軍は接収後、直ちに伊400および姉妹艦の伊401、伊402をハワイの真珠湾へ回航し、技術者たちを総動員して徹底的な構造調査を実施しました。潜水艦の船体内に巨大な耐圧格納筒を設け、カタパルトで水上攻撃機を連続射出するという運用システムは、米軍の艦艇開発関係者にとっても驚愕の対象でした。
これほど高度な軍事技術の結晶でありながら、なぜ米軍は保存することなく、翌1946年6月に早々とオアフ島沖で魚雷の標的として沈めてしまったのでしょうか。その背景には、第二次世界大戦終結直後から急速に幕を開けた「米ソ冷戦」の影が存在します。
米国公文書館の機密解除記録によると、ソビエト連邦はポツダム協定などの戦後処理枠組みを根拠に、日本海軍が保有していた残存艦艇の共同調査および分配を米側に強硬に要求していました。特にソ連査察団が伊400型潜水艦の検分を名指しで求めてきた際、米海軍首脳部は「この先駆的な潜水航空攻撃技術がソ連の手に渡れば、米本土防衛にとって計り知れない脅威になる」と強い危機感を抱きました。米軍はソ連の査察団が真珠湾に到着する直前、ソ連側に一切の通告を行わず、1946年6月4日に標的処分という名目で魚雷を発射し、伊400をオアフ島南西沖の深海へと沈没させたのです。