なぜイギリス?バッハ『イギリス組曲』意外な真相と難易度・名盤徹底解説

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バッハの鍵盤組曲群の中で屈指の規模を誇る本作ですが、実はバッハ自身が「イギリス組曲」と名付けたわけではありません。自筆譜に記されていた原題は、単に『前奏曲付きの組曲(Suites avec leurs Preludes)』という素朴なものでした。では一体なぜ、今日において「イギリス」という呼称が定着したのでしょうか。

音楽史における最有力な手がかりは、バッハの伝記作家として知られるヨハン・ニコラウス・フォルケルが1802年に著した記録にあります。フォルケルは「ある高貴なイギリス人のために作曲されたため、この名で知られるようになった」と記述しています。また、バッハの末子で「ロンドンのバッハ」として知られるヨハン・クリスティアン・バッハが所有していた写本スコアの表紙に、「fait pour les Anglois(イギリス人のために作られた)」とフランス語で書き残されていた事実も、この説を強力に後押ししてきました。

一方で、音楽学的な内部告発とも言える興味深い分析が存在します。組曲に含まれる舞曲形式自体はフランス式であり、各曲冒頭に置かれた大規模な前奏曲はイタリア協奏曲様式(リトルネッロ形式)を色濃く反映しています。つまり、純粋なイギリス固有の舞曲が並んでいるわけではありません。それにもかかわらず、当時ロンドンで活躍していた外国人作曲家たち(ヘンデルら)が好んだ国際的で華麗なスタイルを意識していたことから、後世の演奏家や出版社の手によって愛称として固定化されたという見解が現在では一般的です。

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