琵琶湖周航の歌』誕生秘話!加藤登紀子も魅了された歌詞の真相を徹底解説
『琵琶湖周航の歌』が誕生したのは、大正6年(1917年)6月28日のことです。当時、京都にあった旧制第三高等学校(現在の京都大学の前身)の水上部(ボート部)クルー6名が、恒例行事であった琵琶湖周航の合宿を行っていました。
大津の三保ヶ崎を出発した艇は、悪天候に見舞われながらも2日目に滋賀県北西部の今津(現・高島市)へ到着。その夜、宿(丸茂旅館)で仲間を励ますために、当時19歳だったクルーの小口太郎(長野県諏訪郡湊村、現・岡谷市出身)が自作の詩を披露しました。クルーのひとりが入学前に耳にしていた歌のメロディに合わせてこの詩を口ずさんだところ、部員全員の心に深く刺さり、瞬く間に三高ボート部の愛唱歌として定着していったのです。
小口太郎は類まれな文才を持ちながら、後に東京帝国大学へ進み理系の研究者(工学者)としての道を歩みました。しかし、病気のために26歳という若さで夭折。彼が残したこの短い詩は、100年以上が経過した現在も色褪せることなく歌い継がれています。