平安美女の美の基準とは?下膨れやお歯黒が熱狂された歴史の深層
平安時代の王朝絵巻に描かれる貴族女性の顔立ちは、いわゆる「引目鉤鼻(ひきめかぎばな)」と呼ばれる画一的な技法で描かれています。糸のように細く切れ長に引かれた目と、「く」の字型に小さく描かれた鉤鼻、そしてふくよかに丸みを帯びた下膨れ顔(しもぶくれがお)。この様式美こそが、平安時代の美人の条件を視覚化した典型です。
現代の美容トレンドでは小顔や立体的な骨格、高い鼻梁が重視されますが、平安期においては真逆の価値観が支配していました。その最大の理由は、肉体的な特徴が「階級の証」として直結していた点にあります。
過酷な肉体労働を強いられる庶民層は日焼けし、頬が痩せこけて筋張った輪郭になりがちでした。これに対し、内裏や豪壮な寝殿造の奥深くに籠もり、重労働とは無縁の生活を送る上流貴族の女性は、日光に晒されることなく栄養状態も良好です。ふっくらと肉付きの良い下膨れの顔立ちは、一族の富裕さと高貴な身分を証明する客観的なステータスシンボルでした。
また、当時の宮廷社会では「感情をあからさまに表出させないこと」が最高の美徳とされていました。表情筋を激しく動かさず、静止した能面のような静謐さを保つためには、凹凸の少ない穏やかな輪郭が極めて都合が良かったのです。『源氏物語』の手習の巻などで描かれる女性たちの描写を見ても、理想的な容姿として語られるのは「あてやか(上品で優雅)」であり、「愛敬(あいぎょう)づく(愛らしさに満ちている)」状態でした。極端に尖った個性や派手な立体感は「下品」「軽薄」とみなされ、忌避される対象だったことが分かります。