平安時代のチーズ「蘇」の正体とは?貴族を魅了した幻の味と歴史から消えた真相

平安時代のチーズ「蘇」の正体とは?貴族を魅了した幻の味と歴史から消えた真相とは一体何なのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

現代において「古代のチーズ」と呼称される「蘇」ですが、西洋のプロセスチーズやナチュラルチーズのような強い酸味や塩気、発酵臭を期待すると、その一口目に多くの人が意表を突かれます。実際に牛乳を長時間煮詰めて再現した愛好家や研究者の証言を総合すると、蘇の味と評判は「極めて濃厚なミルクの塊」「甘みを加えない生キャラメル」「どこか懐かしい素朴なバターキャンディ」と表現されるケースがほとんどです。

古代日本の乳製品の歴史は、6世紀半ばの欽明天皇の時代に百済から渡来した知聡(ちそう)の子、善那(ぜんな)が牛乳を孝徳天皇に献上したことに端を発すると伝えられています。当時、牛は極めて希少な家畜であり、乳を絞って加工する技術は最新の渡来系ハイテク技術でした。平安貴族の食生活において、蘇は日常的なおかずやおやつではなく、不老長寿をもたらす究極の滋養源として崇敬されていたのです。

平安中期の法典『延喜式』の記述を紐解くと、蘇の栄養と薬効に対する当時の信仰にも似た信頼が浮き彫りになります。主に宮内省典薬寮(宮廷の医療・調薬を担当する機関)の管轄下に置かれ、天皇や上流貴族の病気治療、産後の回復、あるいは春先の体調不良を予防する高貴な薬品として処方されていました。動物性タンパク質や脂質が極端に不足していた平安時代の食文化において、濃縮された乳脂肪と乳糖の塊である蘇は、まさに生命力を底上げする劇薬に近いエネルギー源だったと推察されます。

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