平野紫耀の子供時代が壮絶?母子家庭の生い立ちと病気・弟との絆
平野紫耀の圧倒的な身体能力とリズム感が本格的に磨かれたのは、小学2年生(約7歳)の時でした。名古屋市内の有名ダンススクール「ファンクキッド(Funk Kid)」に通い始め、弟の莉玖とともにダンスの英才教育を受けることになります。
当時指導にあたっていたダンスインストラクターの証言によると、入門当初から卓越した体幹の強さと表現力を見せており、教えたステップを瞬く間に吸収していく天才肌のダンサーでした。小学生時代には弟と一緒にダンスユニットを組み、地元のダンスコンテストで数々の賞を獲得しています。
中学生時代には、名古屋のローカル発男性グループ「BOYS AND MEN(ボイメン)」の初期メンバーとして活動。チラシ配りや小規模な舞台公演などを通じて地道な下積みを経験しました。その後、ダンススクールの合宿で訪れた東京で関係者の目に留まり、ジャニー喜多川氏からの直接スカウト(オーディションを経ない異例の入所)を受けてジャニーズ事務所へと進むことになります。