秋元康の電撃結婚はなぜ大炎上?高井麻巳子との馴れ初めや子供・離婚の真相
秋元康の電撃結婚はなぜ大炎上?高井麻巳子との馴れ初めや子供・離婚の真相について見逃せない 事実を分かりやすく解説いたします。
時計の針を1988年5月23日に巻き戻してみましょう。当時、社会現象を巻き起こしていたアイドルグループ「おニャン子クラブ」の仕掛け人であり、当代随一の売れっ子放送作家・作詞家として名を馳せていた秋元康氏は、突然の記者会見を開きました。その隣に座っていたのは、グループ屈指の清純派として絶大な支持を集め、派生ユニットうしろ髪ひかれ隊でも活躍した元メンバー、高井麻巳子さんでした。
2人の馴れ初めは、おニャン子クラブ時代に遡ります。公式にはグループ解散(1987年9月)および高井さんの単独卒業(1987年4月)の後に本格的な交際へ発展したと説明されましたが、実際には在籍中のスタッフを交えた食事会などを通じて徐々に距離を縮めていたことが、のちの関係者回顧録でも明かされています。秋元氏の知性と包容力、そして業界の喧騒に染まらない高井さんの素朴で凛とした人柄が、互いを強く引き寄せ合いました。
しかし、当時の世間の反応は祝福一色とは程遠いものでした。熱狂的な男性ファンにとって、高井麻巳子さんは「絶対に手の届かない清純の象徴」でした。その彼女を、グループのプロデューサー自らが射止めたという事実は、ファンの目に「職権乱用」「禁断の裏切り」と映ったのです。発表直後、秋元氏の個人事務所や関係各所には剃刀(カミソリ)入りの脅迫状や抗議の手紙が山のように届き、レコードやグッズを路上で焼き払うファンが続出するなど、前代未聞の大バッシングが巻き起こりました。