日高裕次郎の身長は何Cm?妻・大友愛との差や現在の姿を総力検証
日高裕次郎さんの経歴は、エリート街道を歩みながらも独自の挑戦に満ちた波乱万丈のものでした。名門・日本体育大学時代には全日本インカレのセンターコートで暴れ回り、2008年12月にはVプレミアリーグの名門・NECブルーロケッツへの内定を勝ち取ります。しかし、入部直後の2009年5月、チームが無期限の活動休止を発表するという青天の霹靂に見舞われました。
この予期せぬチーム解散という危機に直面した日高さんは、立ち止まることなくビーチバレーへの転向を決断します。砂の上では、体育館の反発力あるフロアとは異なり、足が沈み込むため純粋な脚力と体幹の強靭さが求められます。日高さんは192cmの長身を保ちながら砂地でのフットワークを徹底的に鍛え上げ、青木晋平選手らとペアを組んで国内ツアーを転戦。ロンドン五輪出場を目指して国内外のタフなサーキットを戦い抜きました。
ビーチバレーで得た「風の読み」「不安定な足場での空中バランス」「2人だけでコート全域を守る戦術眼」は、彼のプレーヤーとしての幅を格段に広げました。その後、2014年に名門パナソニックパンサーズへ入団してインドア復帰を果たし、2015年には全日本男子登録メンバーに選出。インドアとビーチの双方でトップレベルを証明した稀有なアタッカーとして、2015年の黒鷲旗大会を最後に惜しまれつつ現役引退を発表したのです。