ロス・インディオスの歴代メンバー全員の現在と脱退理由を徹底解説
ロス・インディオスの骨格を築き上げ、トレードマークである低音の甘いボイスで聴衆を魅了し続けたのが、初代リーダーの棚橋静雄(たなはし しずお)氏です。
1938年生まれの棚橋氏は、大学時代からハワイアンやラテン音楽に傾倒し、1962年にロス・インディオスを結成。1968年に『コモエスタ赤坂』、翌年に『知りすぎたのね』が大ヒットを記録し、一躍トップグループの仲間入りを果たしました。ラテン音楽の本格的なリズムセクションに、日本人が好む切ないメロディを乗せる手法は、当時の歌謡界において極めて革新的なアプローチでした。
そして1979年、パープル・シャドウズの楽曲を男女デュエットとして大胆にリアレンジした『別れても好きな人』が爆発的なヒットを記録します。「原宿」「高円寺」「赤坂」といった実在の街並みを舞台にしたリアリティのある歌詞と、棚橋氏の包容力ある歌声、シルヴィアの澄んだ高音が見事に重なり合い、累計売上は100万枚を突破しました。
棚橋氏は晩年までマイクを握り続け、グループの結成60周年を見届けましたが、2023年9月19日、多臓器不全のため85歳で逝去。半世紀以上にわたりグループの舵を取り続けた偉大なリーダーの退場は、昭和ムード歌謡のひとつの時代の終焉を象徴する出来事となりました。