桑名正博の実家はなぜ超金持ち?桑名運輸の財産と華麗なる一族の謎
そんな名家の御曹司が選んだ道は、家業の継承ではなくロックの道だった。1970年代初頭、彼は伝説のバンド「ファニー・カンパニー」を結成。西の「ファニカン」、東の「キャロル」と称され、日本のロックシーンに強烈なインパクトを与えた。
その後、1979年にリリースしたシングル『セクシャルバイオレットNo.1』が大ヒットを記録。化粧品のCMソングとしても話題を集め、チャートの1位を独走した。歌謡曲のテイストを絶妙に取り入れながらも、本格的なロックのフィーリングを失わない歌声は、当時の音楽業界に激震を走らせた。しかし、彼にとって音楽は「生きるための金稼ぎ」ではなく、己の情熱をぶつけるキャンバスに過ぎなかった。この姿勢こそが、他のミュージシャンには真似できない唯一無二のオーラを生み出していたのだ。