神田正輝の若い頃が超絶イケメン!全盛期の伝説と現在を徹底比較
神田正輝はもともと、自ら進んで俳優を目指していたわけではありませんでした。母は名女優の旭輝子という芸能一家に生まれながらも、本人は大学卒業後、国際的なスキー指導員や実業家としての道を志していました。そんな彼の運命を劇的に変えたのが、昭和の大スター・石原裕次郎との出会いです。
1970年代半ば、東京・赤坂のレストランで友人と食事をしていた神田正輝の姿を、偶然同じ店に居合わせた石原裕次郎が目撃しました。薄暗い店内でもひときわ目を引く華やかな容姿と、育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いに、裕次郎本人が「あいつは誰だ」と強烈な関心を抱いたと伝えられています。
裕次郎から直接声をかけられた神田は、最初は芸能界入りを固辞していたものの、裕次郎の包容力と人間的魅力に惹かれ、1976年にドラマ『大都会 闘いの日々』で本格デビューを果たしました。石原プロモーションの若手看板俳優として抜擢された神田は、渡哲也や舘ひろしといった硬派な先輩たちとは一線を画す「都会的で甘い貴公子」という唯一無二のポジションを確立していきました。