時代劇草創期の雄・天津七三郎とは?華麗な経歴と代表作を紐解く
天津七三郎のキャリアの原点は、何と言っても舞台・歌舞伎の研鑽にあります。幼少・青年期から培われた足裁き、見得(みえ)の切り方、衣装の着こなしといった基礎教養は、後に映画界へ転身した際、最大の武器となりました。
1920年代、日本の映画界は大きな転換点を迎えます。それまでの旧劇と呼ばれた固定カメラの前で演じる形式的な芝居から、ロケーション撮影やスピード感あふれるカット割りを導入した新しい「時代劇映画」が急成長を遂げました。この波に乗る形で天津七三郎も銀幕へ進出し、帝国キネマや独立プロダクションなどの作品に次々と出演します。
サイレント映画(無声映画)では台詞の肉声が届かないため、役者には全身を使った感情表現と、視覚的な説得力が求められました。天津七三郎は、歌舞伎の型を崩しながらも映画的なリアリズムを融合させた演技を開拓し、一躍トップスターの座へと駆け上がったのです。