世界三大サーカスになぜ木下が?シルクとの違いや選ばれた真相を徹底解説
現代の一般観客が最も抱きやすい疑問が、「なぜあのシルク・ドゥ・ソレイユが入っていないのか?」という点です。世界6大陸で公演を行い、年間動員数や売上規模でエンタメ業界の頂点に君臨するシルク・ドゥ・ソレイユが入らない背景には、誕生した時代背景のズレとサーカスとしての構造的ジャンルの断絶が存在します。
日本のメディアで「世界三大サーカス」という言葉が定着したのは1970年代から1980年代前半にかけてのことでした。一方、カナダ・ケベック州で大道芸人集団からシルク・ドゥ・ソレイユが産声を上げたのは1984年です。つまり、世界三大サーカスの枠組みが作られた当時、シルクはまだ世界的な知名度を持っていませんでした。
さらに本質的な理由は、サーカスの表現形式そのものがまったく異なる点にあります。木下大サーカスやボリショイサーカスが追求してきたのは、1770年にイギリスのフィリップ・アストリーが円形馬場(リング)で始めた「クラシックサーカス(伝統的サーカス)」です。リングマスター(司会者)が進行し、ピエロが観客を沸かせ、ホワイトライオンや象などの猛獣使いが登場し、命がけの空中ブランコがトリを飾る――という円形アリーナの祝祭空間です。
対するシルク・ドゥ・ソレイユは、1970年代にフランスで興った「ヌーヴォー・シルク(新サーカス / 現代サーカス)」の旗手です。最大の特徴は、動物を一切使わず、抽象的な物語、前衛的な衣装、生演奏の音楽、演劇的照明を融合させたアート志向の舞台芸術である点です。カテゴリーとしては、伝統的な見世物興行のサーカスというよりも、劇団四季やブロードウェイミュージカルに近い領域へと進化を遂げました。