世界で一番大きい国は日本の45倍!なぜロシアが超巨大なのか衝撃の真相を解説

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現在でこそ世界最大の版図を誇るロシアですが、中世の原点はモスクワ周辺の寒村に端を発する小さな地方勢力「モスクワ公国」に過ぎませんでした。これほど広大な領土を持つに至った歴史的経緯には、経済的動機と軍事探検が複雑に絡み合っています。

拡大の決定的な契機となったのは、16世紀後半に始まったシベリア東進です。当時のロシアを突き動かした最大の動機は、ヨーロッパ市場で高値で取引されていた黒テンなどの高級毛皮でした。毛皮は当時「柔らかい黄金」と称され、ロシア正教会や貴族層にとって貴重な外貨獲得源だったのです。

1581年、ツァーリのイヴァン4世(イヴァン雷帝)の特許を得た豪商ストロガノフ家は、首領イェルマーク率いるコサック集団をシベリアへ派遣しました。シベリア西部に君臨していたシビル・ハン国を撃破したことを皮切りに、ロシア人探検隊と毛皮商人たちは未開の大雪原を東へと爆発的なスピードで進撃していきました。

当時、ウラル山脈以東のシベリアから極東にかけての地域には、中央集権的な巨大帝国が存在せず、小規模な先住民族集団が点在するのみでした。そのため組織的な軍事抵抗を受けることが少なく、探検隊は河川網を伝って砦(オストログ)を次々に建設していきました。1580年代にウラルを越えてから、わずか約60年後の1639年には太平洋(オホーツク海)へと到達しています。この移動速度は1年あたり約150キロメートル東進した計算になり、世界史上でも類を見ない電光石火のフロンティア開拓劇でした。

18世紀から19世紀にかけてはアラスカまで領有権を拡大し、一時は北米大陸にまで版図を広げました(アラスカは1867年にアメリカへ約720万ドルで売却)。その後、ソビエト連邦の崩壊によって中央アジア諸国やウクライナ、バルト三国などが独立し、旧ソ連時代(約2,240万平方キロメートル)から約500万平方キロメートル縮小したものの、現在もなお世界一の座を保持し続けています。

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