【実は決定的な差が】竜田揚げと唐揚げの違いとは?衣・下味の真相を徹底解説

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竜田揚げを口に運ぶとき、表面の一部に白い粉が薄化粧のように浮き出ている様子が印象に残ります。この竜田揚げが白くなる理由には、物理化学的な反応が関係しています。

醤油ダレに浸された肉の表面には十分な水分が含まれています。そこに乾燥した片栗粉をまぶすと、粉が表面の水分を瞬時に吸収します。この状態で高温(170〜180度)の油に投入されると、水分を得た片栗粉の粒子が爆発的に膨潤。粉の表層部分だけが気化熱によって急激に乾燥し、内部の肉汁を閉じ込めたまま「白く細かい微細な気泡の殻」となって白く焼き固まるのです。

そして、この「白い粉吹き」と「醤油の赤褐色」が生み出すコントラストこそが、歴史的な命名の原点です。

竜田揚げの語源と百人一首の真相を辿ると、平安時代の歌人・在原業平が詠んだ名歌に突き当たります。

「千早ぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」(古今和歌集・百人一首17番)

奈良県を流れる名所・竜田川の水面に、紅葉したカエデの葉が無数に散り浮き、川面を鮮やかな紅色に染め上げている情景を詠んだ歌です。下味の醤油が油の熱で深い赤褐色に色づき、その上に散る白い片栗粉の斑紋を、竜田川の清流に浮かぶ錦秋の紅葉に見立てた風流な命名が「竜田揚げ」のルーツとされています。

なお、海軍史愛好家の間では「旧日本海軍の巡洋艦『龍田』の主計兵(料理長)が、補給難で小麦粉が底をついた際に片栗粉で代用調理したことが始まり」という軍艦龍田起源説も語り継がれています。しかし、歴史学および食文化研究の文献検証によれば、大正期から昭和初期の海軍割烹術参考書に先行して、すでに上方落語や江戸末期の料理談義に「竜田揚げ」の記述が見られることから、百人一首に由来する紅葉見立て説が正統な起源であると結論づけられています。

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