竪穴住居はいつまで?実は平安や明治まで使われた驚きの歴史真相
Q1:竪穴住居は本当に明治時代まで日本国内で使われていたのですか?
A1:はい、実生活の住まいとして使われていました。特に北海道の先住民族文化である擦文文化(13世紀頃まで)や、千島列島に暮らしていた千島アイヌの越冬用住居「トイチセ」は、地面を掘り下げて草や土をかぶせた竪穴住居そのものです。明治時代から昭和初期(戦前)まで、極寒の冬を越すための確かな住居として利用されていました。
Q2:教科書では古墳時代から高床住居や平屋になったように見えますが、なぜ誤解が広まったのですか?
A2:歴史の教科書では、豪族や支配者層の華やかな暮らし(古墳、埴輪に見られる高床倉庫、豪族居館など)がクローズアップされがちだからです。政治の中枢だった近畿地方の庶民は奈良・平安初期に平地住居へ移りましたが、日本列島の大半を占める東日本の一般農民層は、平安時代末期まで竪穴住居に住み続けていました。
Q3:竪穴住居の中は雨が降ったら水浸しにならなかったのですか?
A3:水浸しを防ぐための高度な排水工夫が施されていました。住居を建てる場所自体に水はけの良い台地や微高地が選ばれたほか、住居の床面の周囲に「周溝(しゅうこう)」と呼ばれる排水溝を掘り、染み出た水を一箇所に集めて外へ流す仕組みが整えられていました。ただし、想定を超える豪雨や梅雨時期の浸水・湿気は常に大きな課題でした。