伝説の味噌ラーメン「えぞ菊」なぜ激減?閉店理由の真相と現存店舗を徹底解説

伝説の味噌ラーメン「えぞ菊」なぜ激減?閉店理由の真相と現存店舗を徹底解説とはどのようなものなのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。

日本のラーメン史を語る上で、えぞ菊の存在を外すことはできません。創業者の大西正彦氏が北海道・札幌の地で出会った味噌ラーメンの衝撃を東京へ持ち込み、1968年に高田馬場の早稲田通り沿いへ1号店を開いたことがすべての始まりでした。

当時、東京のラーメン界といえば澄んだ醤油味の「中華そば」が主流であり、白味噌をベースにニンニクや生姜を効かせ、中華鍋でラードとともに挽肉やモヤシを豪快に炒め合わせる調理法は極めて前衛的でした。すり鉢状の丼に注がれる濃厚なスープと、スープを力強く持ち上げる黄色い中太縮れ麺は、瞬く間に早稲田大学の学生や近隣のサラリーマンの胃袋を掴み、連日数百人規模の大行列を形成する社会現象となりました。

勢いに乗った同店は、高田馬場エリアに戸塚店などの系列店を出店して「ラーメン激戦区・高田馬場」の礎を築いただけでなく、1970年代から80年代にかけてはアメリカ・ハワイ(ホノルル)への進出という快挙を達成します。現地の日系人社会や日本人観光客の間で「ハワイで本物の日本ラーメンが食べられる店」として定着し、日本のラーメンカルチャーを世界へ広めた先駆者としても語り継がれています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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