夏目雅子『瀬戸内少年野球団』の真実|遺作と呼ばれる理由と撮影秘話
映画『瀬戸内少年野球団』の大きな魅力は、瀬戸内海の美しい自然景観と、そこに生きる人々の息遣いがフィルムに焼き付けられている点にあります。主要なロケ地となったのは兵庫県の淡路島(旧津名町や洲本市周辺)。昭和20年代の情景を再現するため、現存していた木造校舎や海岸線などを活用し、長期にわたる本格的な現地ロケが敢行されました。
真夏の炎天下における淡路島ロケは過酷を極めましたが、現場の空気は夏目雅子の存在によって常に明るく保たれていたと関係者は口を揃えます。当時、野球団の少年・中井修役を演じていた山内圭哉(後に個性派俳優として活躍)をはじめとする子役たちに対して、夏目雅子はカメラが回っていない時間も本物の学校の先生のように接していました。海辺の合宿所のような宿舎で子どもたちと一緒に花火に興じ、宿題を見てやり、時にはいたずらっ子を優しく叱るなど、映画の中の「駒子先生」そのものの深い愛情を注いでいたといいます。
共演陣の顔ぶれも極めて豪華でした。戦地で片足を失って復員し、兄嫁である駒子に秘かな想いを寄せる義弟・中井正夫役を演じた郷ひろみ、巡査役の笑福亭鶴瓶、理髪店のマスター役の伊丹十三、そして青年座の若手時代で抜擢された渡辺謙など、錚々たるキャストが集結しました。郷ひろみは後のインタビューで、「現場での彼女の透明感と集中力には息を呑むものがあった。美しさの中に、どこか壊れてしまいそうな儚さと、芯の強さが同居していた」と振り返っています。過酷な猛暑の中でも弱音を一切吐かず、土埃にまみれながらモンペ姿でグラウンドを駆けた彼女のプロフェッショナル精神は、篠田正浩監督をはじめとする百戦錬磨の映画人たちを唸らせました。