相葉雅紀のデビュー当時と嵐結成の真相|16歳のパスポート秘話を追う
相葉雅紀のデビューを語るうえで、避けて通れない最大のハイライトが「パスポート事件」と呼ばれる電撃加入劇です。1999年9月15日、アメリカ・ハワイ沖の豪華客船上で華々しく行われた嵐の結成・デビュー記者会見。この場に立つことが決まったのは、日本を出発するわずか3日前という急転直下の展開でした。
当時の状況について、相葉本人はバラエティ番組や雑誌の回顧インタビューで克明に振り返っています。事務所の社長であった故・ジャニー喜多川氏から突如として電話がかかってきて告げられたのは、「YOU、パスポート持ってる?」という簡潔な確認でした。相葉が「持ってます」と即答したところ、「じゃあハワイ行っちゃいなよ!」と言い渡され、自身がどのようなグループで、何のためにハワイへ行くのかすら把握できないまま現地へと向かったと明かしています。
実はその直前、相葉は体調不良やスケジュールの都合などから、デビュー組の選考候補から外れかけていた時期がありました。当初、大野智、櫻井翔、二宮和也、松本潤の4名を中心に編成が進んでいた嵐のプロジェクトにおいて、直前で「グループのバランスを完成させる最後の1ピース」として白羽の矢が立ったのが相葉でした。もしあの瞬間にパスポートを所持していなかったら、日本の音楽シーンを塗り替えた「嵐の相葉雅紀」は誕生していなかったかもしれないという事実は、今なお多くのファンの心を掴んで離しません。