新宿で創業111年「長野屋食堂」が愛され続ける真相と現在の全貌
日本一の乗降客数を誇る新宿駅の周辺は、ここ十数年で劇的な景観の変化を遂げました。南口には巨大複合施設「NEWoMan」やバスターミナル「バスタ新宿」が誕生し、高層ビル群が空を覆うなか、東南口広場の目と鼻の先に建つ長野屋食堂の存在感は際立っています。
店の歴史を紐解くと、創業は大正4年、第一次世界大戦が勃発した翌年にあたります。当時はまだ国鉄新宿駅の周辺に原野や低層の長屋が広がっていた時代でした。店主や古くからの関係者がメディアの取材に語った記録によると、震災や戦災で周辺が焼け野原になった際も、人々の胃袋を支えるためにいち早くバラックで営業を再開し、復興期の新宿を支え続けてきた自負が脈々と受け継がれています。
高度経済成長期には駅を利用する国鉄職員、近隣の職人、商売人たちの憩いの場となり、平成から令和へと移り変わっても、内外装は大きく手を加えられることなく当時の面影を留めています。新宿の老舗大衆食堂の多くがビルの建て替えや後継者不足によって看板を下ろしていくなか、長野屋食堂が現在もこの場所で変わらぬ営業を続けられている事実は、東京の都市文化史における生きた文化遺産と呼んでも過言ではありません。