雅子様の実家・目黒の小和田邸は現在どうなった?解体や売却の真相
雅子さまの優れた国際感覚と教養を育んだご実家のルーツを遡ると、教育と公に身を捧げてきた名門の歴史が浮き彫りになります。
小和田家の家系図を辿ると、その起源は新潟県村上市(旧村上藩)の士族に行き着きます。恒氏の父(雅子さまの祖父)である小和田毅夫氏は教育者であり、新潟県立高校の校長などを歴任した人物でした。学問を重んじる気風は代々受け継がれ、恒氏は東京大学教養学部を卒業後、外務省へ入省。ケンブリッジ大学への留学を経て、国際法学者としても世界的に知られる存在となりました。
一方、母の優美子さんも名門の出身です。父は日本興業銀行常務や日本チッソ会長などを務めた実業家の江頭豊氏であり、洗練された教養と語学力を備えた女性として知られています。
雅子さまの生い立ちは、幼少期からまさに地球規模でした。
- 1963年:東京都世田谷区で誕生。幼少期を父の勤務地であるソビエト連邦(現・ロシア)モスクワで過ごす。
- 1969年〜:アメリカ・ニューヨークに移住後、帰国して田園調布雙葉学園に入学。語学だけでなくスポーツにも打ち込む。
- 1979年〜:再び渡米し、マサチューセッツ州立ベルモント・ハイスクールを経て、ハーバード大学経済学部を優秀な成績(マグナ・クム・ラウデ)で卒業。
- 1986年:帰国後、東京大学法学部に編入。外交官試験に合格し、外務省へ入省。
- 1988年〜:外務省研修生として英オックスフォード大学ベリオール・カレッジに留学。
目黒区南の邸宅は、雅子さまが外務省経済局国際機関第二課などで多忙な日々に追われ、北米自由貿易協定(NAFTA)交渉などの第一線で国際公務員として激務をこなされていた時代、心を休める大切な拠点でした。双子の妹である節子さん、礼子さんとともに過ごした家族の温かな団らんの記憶が、あの堅牢なコンクリートの壁の向こうに幾重にも刻まれています。