映画『凶悪』実際の事件の戦慄の真相|上申書殺人事件と首謀者の現在
告発を行ったのは、元暴力団水戸同志会会長の後藤良次死刑囚です。後藤は別の強盗殺人事件など(茨城・群馬・埼玉の3県境周辺で起きた複数の凶悪事件)で逮捕され、2000年に死刑判決を受けて東京拘置所に収監されていました。
死刑が確定した男が、なぜ自らの罪を増やしかねない余罪を告発したのか。そこには司法への恭順や純粋な悔悟ではなく、激しい「裏切りに対する復讐心」が渦巻いていました。後藤死刑囚の告発経緯を辿ると、ある男の存在に行き着きます。それが、周囲から「先生」と呼ばれていた不動産ブローカーでした。
後藤の手記によると、「先生」は後藤の暴力と組織力を巧みに利用して巨額の資産を持つ高齢者を標的にし、資産を強奪したうえで後藤らに殺害を請け負わせていました。しかし、後藤が別件で逮捕された途端、「先生」は後藤の家族への金銭支援を完全に打ち切り、知らぬ存ぜぬを決め込んだのです。
「自分だけが死刑になり、甘い汁を吸い尽くした首謀者が表社会で大手を振って生きているのは許せない」――憤怒に燃えた後藤は、警察に詳細な殺人関与の上申書を提出しました。しかし、警察は「死刑執行を先延ばしにするための時間稼ぎの虚偽申告ではないか」「確固たる物証がない」として、当初は本格的な捜査に着手しませんでした。そこで後藤は、メディアである『新潮45』編集部へ手記を託すという異例の賭けに出たのです。新潮45告発記事の掲載によって世論が沸騰し、茨城県警も再捜査へ舵を切らざるを得なくなりました。