宇宙に行った歴代日本人14人の全貌!費用から月面着陸の現在まで

宇宙に行った歴代日本人14人の全貌!費用から月面着陸の現在までの全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

日本の宇宙飛行史は、1990年12月2日、TBSの創立40周年事業「宇宙プロジェクト」から幕を開けました。記者であった秋山豊寛氏は、過酷なロシア・星の街での訓練を乗り越え、ソユーズTM-11で宇宙ステーション「ミール」へと旅立ちました。

打上げ直後の生中継で発せられた「これ、本番ですか?」という飾り気のない肉声や、重度の宇宙酔いに苦しみながらもカメラの前でレポートを敢行した姿は、昭和から平成へと移り変わる日本社会に鮮烈な衝撃を与えました。秋山氏はのちの手記で、「国家の威信ではなく、ジャーナリストの眼で宇宙環境と地球環境の有限性を伝えたかった」と語っています。

その2年後となる1992年、宇宙開発事業団(現JAXA)に所属する科学者・毛利衛氏がスペースシャトル「エンデバー号」に搭乗。日本人として初めてNASAの宇宙飛行士プログラムに組み込まれ、34種類の科学実験「ふわっと'92」を成功させました。

毛利氏が宇宙から中継した「宇宙からは国境線は見えなかった」という言葉は、戦後日本の平和主義と科学技術立国としての誇りを象徴するフレーズとして、現在も語り継がれています。

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