佐藤愛子の夫と壮絶な結婚歴|莫大な借金完済と離婚の真相を徹底追跡
田畑麦彦との結婚生活を破滅に導いたのは、彼の無謀な実業家への傾倒でした。田畑麦彦は作家活動の傍ら、教育関連の教材販売会社など複数の事業を立ち上げましたが、放漫経営により瞬く間に経営危機に陥ります。その際、妻であった佐藤愛子は知らぬ間に手形裏書の連帯保証人に仕立て上げられていました。
会社が倒産した際、遺された負債総額は当時の貨幣価値で約2億円以上。現在の物価水準に換算すれば十数億円に相当する天文学的な金額でした。自宅には連日、苛烈な債権者や取り立て屋が押し寄せる修羅場と化します。さらに田畑麦彦自身の女性問題や無責任な逃避行動が露呈し、夫婦関係は完全に崩壊。1970年代に正式な離婚が成立しました。
一般的な法的手続きをとれば「自己破産」を選択するのが合理的でしたが、佐藤愛子はそれを拒絶しました。「借りた金は返すのが筋」「他人に頭を下げて踏み倒すくらいなら書き倒れて死ぬ」という凄まじい矜持のもと、彼女は原稿用紙に向かいます。睡眠時間を削り、月産数百枚、年間数千枚もの締め切りを抱えながら、小説や週刊誌エッセイを執筆し続けました。この壮絶な借金返済の闘病劇をユーモアと憤怒を交えて描いた短編『戦いすんで日が暮れて』は1969年に第61回直木賞を受賞。以降、彼女は約30年の歳月をかけて、利息を含めた巨額の負債をすべて自力で完済しました。