なぜ蒸さない?関西風うなぎと関東風の決定的な違い3選を徹底解説
東西の調理法の違いを語る際、「江戸は武士の町だから切腹を嫌って背開きにし、上方(大阪)は商人の町だから腹を割って話すため腹開きにした」という言説が頻繁に語られます。しかし、近世食文化史の研究や調理技術史を検証すると、この「武士・商人説」は明治以降に広まった後付けの俗説である可能性が高いことが分かっています。
実際の歴史的・調理力学的な真実は、以下の2つの技術的制約と食環境の違いに起因します。
第1に、串打ちと身崩れの力学です。関東風は蒸しの工程を入れるため、肉質が極めて柔らかくなり、腹開きにすると脂の多い腹側から身が崩れて竹串から抜け落ちてしまいます。そのため、皮が厚く身のしっかりした背側を中心線にして串を打つ「背開き」が技術的に不可欠でした。一方、関西風は蒸さずに金串を打つため身が崩れにくく、魚を捌く伝統的な基本手技である「腹開き」がそのまま受け継がれました。
第2に、天然鰻の質と熱源の地域差です。江戸前の鰻は泥炭層で育つものが多く、皮が厚く泥臭さを抜くために「白焼き→蒸し」の工程で余分な脂と臭みを落とす技法が発達しました。対して、琵琶湖や淀川水系、浜名湖などの清澄な水で育った上質な鰻を扱っていた関西圏では、鰻本来の脂の旨味を落とす必要がありませんでした。さらに、紀州備長炭をはじめとする高品質な炭が豊富に流通していた上方では、超高温の直火で一気に皮目をクリスピーに焼き上げ、内部の脂を身全体へ浸透させる「地焼き(じやき)」の技法が完成したのです。