古代日本の葬送「殯(もがり)」とは?死を悼む儀礼の真相と現代への系譜

古代日本の葬送「殯(もがり)」とは?死を悼む儀礼の真相と現代への系譜に関する基本知識をわかりやすくまとめました。詳細を読もうことができます。

Q1:一般の庶民も古代に「殯(もがり)」を行っていたのですか?
A1:一般庶民が王族のように長期間の殯宮を建てて儀礼を行うことは経済的・衛生的に困難でした。庶民の間では、遺体を風葬地や山野の仮小屋に一定期間安置してから最終的に骨を拾う「両墓制(りょうぼせい)」や「風葬・野葬」の形をとる二重葬が広く行われており、これが庶民レベルにおける殯のバリエーションと考えられています。

Q2:「虎落笛(もがりぶえ)」の語源と殯(もがり)は直接関係があるのですか?
A2:直接の同語源とされています。「虎落(もがり)」は元々、竹を交差させて組んだ柵や防壁を意味し、殯宮の周囲に魔除けや侵入防止のために巡らせた竹垣がその発祥とされます。その柵を冬の突風が吹き抜ける際に鳴る鋭い音を「虎落笛」と呼び、古代の哭泣(泣き叫ぶ声)を想起させる季語として定着しました。

Q3:なぜ仏教が広まると殯の風習は廃れていったのですか?
A3:7世紀末から8世紀にかけて仏教思想が浸透し、「火葬」の技術が導入されたことが最大の要因です。肉体を速やかに焼き尽くして灰にすることで、肉体の腐敗を待つ必要性が失われました。また、律令国家の成立に伴い、貴族の長期不在や莫大な儀礼費用を防ぐため、公的に殯の期間を制限・禁止する法令(薄葬令など)が出されたことも影響しています。

Q4:現在の「お通夜」は殯の名残と考えてよいのでしょうか?
A4:その通りです。「通夜」という言葉自体、夜を通して(夜を徹して)遺体に寄り添い、灯明と線香の火を絶やさずに死者を見守ることを意味します。かつて数ヶ月かけた「遺体の見守りと魂の鎮魂」という殯のエッセンスが、一晩の儀礼として凝縮されて現在に受け継がれています。

関連記事